田口行弘
If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.
2018 4.21 - 2018 5.27無人島プロダクションでは、田口行弘展「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together」を開催いたします。
ベルリンを拠点に世界各地で精力的に制作を行う田口の、無人島プロダクションでは約5年ぶりの個展となる本展では、居住地であるベルリンの空き地に廃材などを使って自分で家を建て生活を営んだ約2年に渡る実験的なプロジェクト「Discuvry」を原点とし、そこから派生した近年の作品群、そして2016年から始めた現在進行形の香港でのプロジェクトで構成されます。
タイトルである「If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together. – “早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいなら一緒に行け”」は、田口が2012年から継続的にプロジェクトを行っているケニアのナイロビで地元のアーティストから教わった言葉です。その言葉は、ちょうど「Discuvry」で自分の家の周辺に暮らす他者と関わりながらプロジェクトを行っていた田口の体験にぴたりと当てはまったと言います。
田口が作品制作や展覧会に行く先々で街や人を観察し、その中で出会った素材は、火、土、植物、布や廃棄物など、人の日常の営みに深く関わっているものという共通項があります。田口はそれらを自在に動かしながら映像を作り上げていきますが、その制作の場となるのは主として路上や広場など開かれた公共の場所であり、その制作プロセスの段階で偶然出会った人々とのコミュニケーションや共同作業もが作品に次々に組み込まれていき、作家個人の表現に多様な価値観や境界がまざりあって田口作品はできあがっていきます。
本展では、会場を大きくふたつに分け、片方はケニア、ニュージーランド、ドイツで制作した映像作品のスクリーニングスペース、もう片方には、ドローイング、映像、そして会期中も拡大し続ける織りのインスタレーション作品とで構成します。
また会期の最初の約一週間は作家が会場に滞在しワークショップ「Let’s Weave!」を行います。このワークショップで作ったパーツは、本展終了後に香港のCentre for Heritage Arts & Textile (CHAT)へと会場を移し、さらに大きなインスタレーションに展開していく予定です。
田口はこの夏、Centre for Heritage Arts and Textile(香港)での滞在制作の他、「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」にも参加が決まっています。
田口行弘の新しい挑戦と2つのプロジェクトを是非合わせてご覧ください。
無人島プロダクション
If you want to go fast, go alone. If you want to go far, go together.
“早く行きたいなら一人で行け、遠くへ行きたいなら一緒に行け”
このタイトルの言葉は、2013年にケニア・ナイロビに制作で訪問した時、キベラと呼ばれるスラムを拠点とする地元アーティストが教えてくれた座右の銘だ。 何故、この言葉が5年経った今でも珍しくも僕の記憶に残っているかと考えてみると、それは、2011年の東日本大震災を機に、僕のあらゆるものに対する価値観の変動スイッチのようなものが押されたことを由来とし、その当時始動させたベルリンの空き地に家を建てて営むプロジェクト「Discuvry(ディスクブリー、2013-2014)」の真最中で、自分の体験・経験と有耶無耶とした考え事が、この言葉でパズルのピースを合わせるようになぜかピッタリとハマったからだろう。
そのDiscuvryというプロジェクトは、 基盤とされる日常的な生活があって、美術作品を制作するというスタイルとは異なり、生活の基盤、住居、ライフラインを確立することからを制作とし、生活を築く過程のどの時点で作品と呼べるものが出来るのか?という検証実験のようなものでもあった。
そこでは、生きるために必要な資源・エネルギーや食料、技術、知識は元より、一人で出来ること・出来ないこと、他者・共同体との関わりなど、これまでの価値観を再考する機会を与えられたと考えている。そして作品は、その背後にある、ある意図のもと無数に起こった因果関係の結果として目の前に現れるもので、油断をすれば糞味噌に扱い・扱われるという不安定な価値のものであると身をもって理解できた。
本展は、そのプロジェクトで派生して作られた近年の作品と2016年から香港を拠点とした現在進行中のプロジェクトの一環で構成し、展開する。 その個々の作品の中で扱われる題材やそれを扱う技術は、火・衣服・織・土・植物・木材・廃材など、一見バラバラにも見えるが、それらは全て素手で扱われ、人間の営みの中で歴史的・文化的にも密接に関わり、現代においても日常的な素材や要素である。そして、いずれも路上や広場などの公共空間で展開しており、それは、公共空間における私的空間の作られ方やその境界を問い、また、その現場に遭遇する人々がアート・美術であるという先入観なく、それが一体何なのか?という、ある種の直接的な価値判断を促している。制作過程における素材そのものの形態や性質、用途、そしてそれを取り巻く場の変化とは、つまり、それを認識する自分や他者のゴミにも素敵なものにもなりえる価値の変容とも言えるだろう。
さらに、制作におけるコミュニケーションや共同作業は、自分も他者も互いにそれによって実現・体現できる事の可能性に価値をみるかどうか、あるいは、それによって生まれる付加価値を共有する事なのかもしれない。 ここで言う価値への問いは、通貨に置き換えられることだけに限定しておらず、また、既存する概念や価値観を否定するつもりもない。ただ、僕は、現在も様々な変動が見られる世界で生活する一人として、既存する価値観を見直してみる時間やそれを共有してみる必要性を感じる、俗に言う単なる野生の勘というもので、あわよくば一緒に遠くへ行ってみたいと思うだけである。
本展を訪れてくれる人々がゆるやかに、それぞれの身近な物事や人間関係から世の中にありえる価値の再考を促すきっかけと、それによって日常にわずか足りとでも前向きなインスピレーションや活力を伝える事ができれば、本展は僕にとってこの上ない価値となるだろう。
田口行弘 2018年2月18日 ベルリンにて