Video(HDビデオ、カラー、ステレオ、英字幕)
29分40秒
架空の月面基地ナガサキを舞台に展開する《密月旅行》は、荒木悠によるジャポニスムの考察である。荒木は、1954年に日伊共同で製作された映画《蝶々夫人》(カルミネ・ガローネ監督)の劇中、蝶々さんとの結婚式のシーンで海軍士官B.F.ピンカートンの正座姿に着目。床にひざまずき、足を太ももの下に折りたたんで座る正座は、日本の伝統的な座り方とされてきた。読んで字のごとく、「正しい座り方」として広く知られているが、その言葉が浸透したのは明治以降、つまり西洋から「椅子」の文化が入ってきてからであり、近代化に際して定着した恣意的なものだった。この歴史的逸話に触発され、荒木は「正座」をもうひとつの恣意的要素である「星座」と結びつけ、再解釈を試みた。
西洋視点による日本の誤った描き方を正したという意味で、前述の《蝶々夫人》は日伊共同による最も優れた象徴的合作として知られている。日本の製作陣が日本の歪んだイメージを「修正」するために、チネチッタまで赴いたのが結果、成功した。しかし、ここで荒木は異文化を「正しく」理解するとはどういうことなのか、という問題提起をしている。荒木版の《蝶々夫人》とも言える本作では、B.F.ピンカートンを実在の写真家アドルフ・デ・メイヤー(1868〜1946)に、仲人は人類学者フレデリック・スタール博士(1858〜1933)に置き換えられている。また一方で、スズキや、「日本人の座り方について」(1921)で知られる入沢達吉博士(1865〜1938)は実況解説者として登場し、遠隔での状況説明をしている。画面の外から聴こえてくる彼らのゆるいゴシップ的な会話は、ファッションからスパイまでと幅広く、さまざまな要素を織り交ぜながら展開されていく一方で、出演者の脚は刻一刻と痺れていくのであった。