木版画(和紙、油性インク)、アクリル絵具
138 x 99.5 cm(紙サイズ)/130 x 91.5 cm(イメージサイズ)
Photo: Kenji Takahashi
Courtesy of Tokyo Arts and Space
「肺の森シリーズについて」
環境問題を語るとき、森林地帯のことを「地球の肺」と比喩することがある。樹木はCO2を吸収し、生物の生存に必要なO2を大気に放出する「肺」のような働きをしてくれるので森林を伐採したり燃やしたりしたらダメだヨということだ。やりたい放題の人間様が何を今更だが、新型コロナウイルス感染症で今はその人間自身の肺が一大事に!森林大火災よりも肺の機能死守が喫緊の死活問題に...。
LUNGENWALD
このタイトルはドイツ語の肺=Lungenと森=Waldを繋げた造語で、各肺葉をくまなく巡る血管を樹木の細かい枝に、それを護る甲冑のような肋骨と背骨を幹に見立てた絵になっている。枝葉が枯れると光合成や呼吸ができず死んでしまう「地球の肺」同様に人間の肺葉も、血管や肺胞などが炎症でやられると呼吸ができず死んでしまう。
LINDENBAUM
「LUNGENWALD」と同じ版木を利用した『LINDENBAUM』では、枯れた肺の樹がハート型に転倒し、愛と再生を象徴してる。これはトーマス・マン『魔の山』のハンスが雪山で見た幻視によって「二元的な対立より愛」だと(一瞬だけ)開眼したことと、青春の儚さと過去への執着、そして諦めを連想させる作中登場のシューベルト「菩提樹の歌」をイメージした作品で、素朴でロマンチックな図像は、20世紀初頭ドイツの印刷物から引用している。
Ypres fog
肺のような形に左右対称に解体されたMark.1戦車は、世界初の実用戦車で産業革命のご本家イギリスで開発された。塹壕戦を突破するため、全長10m近くもある巨体にぐるりと履帯を巻いた菱形戦車は、初期型ゆえに欠陥が多く、乗員をもっとも苦しめたのは劣悪な車内環境だ。換気設備が無く極狭の操縦席にはエンジンの熱気、硝煙が充満し、時にはガスマスクが必要だったそうだ。そして息苦しいタンクの外はさらに地獄!雨あられのように弾が飛び交う砲撃戦、精神を切り刻む塹壕戦、悪魔の所業のような毒ガス戦。ノイエ.ザッハリヒカイトの画家、オットー・ディックスが描いた傷痍軍人の悪夢そのもののグロテスクな世界...。逃げ場のない恐怖は、想像しただけで息が詰まりそうになる。
Xmas truce
不穏な『Ypres fog』を平和的場面に改竄した作品だ。くたびれたドイツ兵とイギリス兵が煙草の火を分け合っている中央の絵は、第一次世界大戦中の1914年冬に奇跡的に発生した「クリスマス休戦」を記録した報道写真が元になっている。この心温まる名場面が国際社会向けの演出(ヤラセ)なのか、定かではない。だが、たとえ偽りでも、束の間の寛容さを何度でも繰り返し重ねてゆけば平和が保たれ、それが日常に変わる時が来るかもしれない。
産業の山脈
ジェームス・ブラウンの「It's A Man's Man's Man's World」では、男は汽車を車を道路を、そして暗闇を明るく照らすライトをも創りだす、これが男の世界...と歌われてる。暗黒の地中に血管のように張り巡らせた坑道から、黒い石炭を地上に吸い上げては、道路や鉄路の動脈で近代社会に供給し続ける。誰かが誰かの資源と労働を搾取する。男が、また別の男にそれを売り、別の何かを買う。合理主義の歯車は自然破壊も不平等もガリガリ砕きながら回り続け、機関車は石炭をガンガン燃やし、工場はモクモクとした黒煙で空を焦がしながらピカピカな世界を創る。これが近代化の世界。
原始の鉱脈
「産業の山脈」に上書きされているのは太古の山の女神。虚ろなイーヴィルアイで天然資源を盗む不届き者を見張り、もしこの魔物的な目に見つかったら侵入者は呪われるであろう。反面、口元から漏れる水晶の煌きは野心に満ちた山師を誘うのだ。ラインの黄金と同じく、無垢の鉱物は誘惑し繁栄と没落を約束する。