ダブルチャンネル・ヴィデオ・インスタレーション(LEDヴィジョン、液晶モニター、ステレオ、カラー)
Commissioned work for Yebisu International Festival for Art & Alternative Visions 2023, organized by Tokyo Photographic Art Museum
「コピーバンド」という言葉をご存知でしょうか。有名な曲を複製して演奏するバンドのことです。この動きは1950年代以降から世界的に広まったとされていて、バンド用に楽譜が市販されて流通する前の時代から盛んだったと言われています。ちなみに「コピーバンド」という言葉は和製英語であり、英語圏では「cover band」や「tribute band」といった呼び方が一般的です。大まかに違いを説明すると、原曲に対し独自のアレンジを加えて演奏するのが「カバー」、「トリビュート」は原曲通りの演奏を大前提とした上で、さらに衣装を揃えたり対象となるミュージシャンに成り切ることをも含みます。
本作《仮面の正体(海賊盤)》は、京都府南丹市八木町を拠点とするバンド・WISSの肖像画です。彼らは、アメリカのハードロックバンド・KISSのコピーバンドとして15年ほど活動してきました。2年前にあるご縁で彼らと出会った私は、以降WISSの追っかけをしています。原曲や世界観の再現において、本家KISSへの多大なる愛と敬意の表れはトリビュートそのものといえるでしょう。しかし、本家と異なりWISSの場合は5人編成であったり、メイクと楽器もメンバー間でシャッフルしていたりと、彼らなりの系譜があるのも見どころです。
展示形態は、2画面構成の映像インスタレーションになります。表側の巨大LEDヴィジョンに彼らのライブの様子がサイレントで輝かしく映し出され、裏側にはメンバーへのインタビューや普段の仕事、メイク中の記録映像などが流れています。舞台と楽屋、演奏と日常、メイクと素顔、いわばハレとケのような関係です。ただし、これらは完全に切り離されているわけではなく、地続きであり、徐々に変身していくあわいを楽しんでいただければと思います。
ライブ音源を使わなかったのはいくつか理由がありますが、コピーバンドの宿命ともいうべき著作権や複製権との関係を前景化させ考えてみたかったからです。兼ねてよりオリジナルとコピーの問題に関心を寄せてきましたが、改めてこの概念を二項対立では語ることが難しい、と思い至りました。オリジナルを忠実にコピーし、その差異を小さくしたところで、この2つの主従関係は変わりません。この関係性を転覆させるためには、本来一番の勝負どころであるはずの「演奏の質」を差し引いたときに見えてくる景色、いわば「複製行為そのものの本質」に私の興味関心がありました。一見音楽ドキュメンタリーを装いながらも、楽曲をあえて使わないという制限を設けた上で、WISSのオリジナリティやユニークネスに迫る、という趣向です。この試みが成功しているかはわかりませんが、ご鑑賞いただく上での補助線としてここに書き記しておきたいと思います。
荒木悠